水分出納の話 その① 〜水を飲む以外に考えるべき事〜 【山吹薫の昔の話】

山吹薫の昔の話

山吹薫が詰所の近くにある病室を通り掛かると、石峰優璃と進藤守が話しているのが見えた。ほぅ。と様子を伺うと徐々に進藤の肩は下がっていき、そしてトボトボとその場を離れていった。山吹はその後を追いかける。

山吹 薫
山吹 薫

どうした?可愛い主任と話せてよかったな。

進藤 守
進藤 守

・・・そうだな。なぁお前の言う通り外見には騙されていけない事がわかったよ。

山吹 薫
山吹 薫

ふむ。その愚痴なら今度聞いてやろう。

あぁ。と進藤は細身長身をさらに小さくして山吹の肩を叩いて病棟を後にする。その後ろ姿に小さく手を振りながら山吹はふん。と片方の唇を上げ、リハビリ室へと向かった。

石峰 優璃
石峰 優璃

お疲れさん。確かあの進藤と言う新人と同期だな?

山吹 薫
山吹 薫

まぁそうですが。何かやらかしたんですか?あいつ。

石峰 優璃
石峰 優璃

ふむ。まぁ面白いやつだな。だがまぁもうちょっとだな。

山吹 薫
山吹 薫

なら彼奴も今度呼びますよ。面白いやつではありますから。

それも面白そうだ。と石峰は尊大に薄い唇を僅かに上げる。その表情の奥に何があるのかは分からない。

石峰 優璃
石峰 優璃

新患の方が安全に水分を取れるかどうかを確認できたのは良いがな。こればっかりは専門職に頼まなければならない。

山吹 薫
山吹 薫

確かに・・・でもそうでなくても輸液で水分は補正されるでしょう?

石峰 優璃
石峰 優璃

あのな新人君。それは正常ではない。何よりそのままでは家に帰れないだろう。

そうか。と山吹は口元に丸めた指を当てる。こちらもまた進藤には何も言えないだろうと思った。まだ経験が足りない。

石峰 優璃
石峰 優璃

ふむ。所で新人君。水分の出納、まぁ in-outのバランスだな。それについては知っているか?

山吹 薫
山吹 薫

水分の摂取にて約1000~1500ml、尿中での排泄で同量の排泄を行い体の中の水分を保っているのですね。

石峰 優璃
石峰 優璃

それだけは足りないな。君もまた彼と同様に勉強する必要がある。

むっと。山吹は口をへの字に曲げる。確かにそうだとは思うが、石峰主任の口から進藤と一緒にされると何だか複雑な気分になる。

石峰 優璃
石峰 優璃

そもそも人間の60%は水分で出来ている。それは知っているな?

山吹 薫
山吹 薫

えぇ。それは成人の話ですよね。小児では70%高齢になると低下していきます。そして細胞外液、、、、まぁ血には5%、細胞の間には15%、そして細胞の中に40%でしたよね。

石峰 優璃
石峰 優璃

ふむ。君は学校の成績は良かっただろう?よく覚えている。

山吹 薫
山吹 薫

えぇ・・・まぁ。

この主任の前ではあえて否定はしなくて良いだろう。勉強は苦手ではないし、成績も悪くはなかったと自負している。国家試験も片手間に終わらせて、自身の疑問を解決するために常に勉強していた

石峰 優璃
石峰 優璃

学校の勉強と臨床とは違うがな。まずは1日にどれくらい水分が必要だという話からだ。君は食事を取るだろう?

山吹 薫
山吹 薫

何をそんな当たり前のことを。もちろん取りますよ。そんなに多くはないですが。

石峰 優璃
石峰 優璃

食事を摂れない人もいるからな。人と同じように食べ物の中にも水分が含まれる。それも水を飲む以外で水分を得る事にも含まれる。それがだいたい800mlだな。そして代謝水。細胞の中でエネルギーが産生されるときに加水分解という過程があるがそこで発生する水をいう。それが300ml。とまぁ水分の摂取は飲水以外もまた検討しなければならない。

山吹 薫
山吹 薫

確かに言われてみればそうですね。

学校の勉強はあくまで理学療法士になるための勉強だ。そしてそれは運動療法に関する事が中心になるため、こういった事はあまり学ばない事もある。少なくとも自分の学校はそうであった。

石峰 優璃
石峰 優璃

そして水分が出て行くのは尿中が中心だが、不感蒸泄というのもある。まぁ加湿された息を吐く時や肌や気管から蒸発する水分だな。これが1日900mlある。

山吹 薫
山吹 薫

なるほど計算は合ってきますね。

石峰 優璃
石峰 優璃

それに糞便中にも200ml程度含まれる。

山吹 薫
山吹 薫

あの・・・あまり糞便など大きな声では・・・

何がだ?と石峰は不思議そうに首を傾げる。長い髪がふわりと揺れて光を透過し僅かに赤みを帯びる。

石峰 優璃
石峰 優璃

これだけ体の中に水分が有るからといって失って良い訳でもない。

そして体内の水分が減っていくと肌も乾燥する。それを利用して簡単に水分の減少を確かめる方法もある。

山吹 薫
山吹 薫

それはどんな方法ですか?

石峰 優璃
石峰 優璃

ほら。君の腕を出してみろ。

山吹は目を丸くして右手を差し出す。その手の甲を石峰はぎゅっとつまみ上げる。

山吹 薫
山吹 薫

痛い痛い!

石峰 優璃
石峰 優璃

これはツルゴールテストとも言って脱水、まぁ体の水分が過度に減っていないかのテストだ。これで皮膚が元に戻るまで2秒以上経つと脱水を疑う。それをハンカチーフ兆候ともいうな。まぁお肌の瑞々しさから判断するんだ。そして君みたいは若者は手の甲を、高齢であれば胸の前の方をこうやって優しくつまみ上げる。本当に触れる程度で痛みを感じさせてはならない。

山吹 薫
山吹 薫

僕は十二分に痛みを感じていますが?

石峰 優璃
石峰 優璃

面の皮と同じように手の皮もまた厚いと思ってな。

石峰は頬杖を付きながら細い上顎をあげる。そして山吹にそのテストを私にやったら知らんからな。と表情を変えずにそう言い放ち、山吹は伸ばし始めたその腕を体の後ろに隠した。

山吹薫の覚え書 8

・水分は飲水と食事と代謝水で得られる。そして尿中と糞便、そして不感蒸泄から出て行く。

・手の甲や前胸部を優しく摘んで脱水の有無を確かめる。ツルゴールテストと言い、元に戻るのが2秒以上掛かるとハンカチーフサイン陽性となる。

・上記のテストは主任に対しては行わない。

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』

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